大判例

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東京高等裁判所 平成11年(ネ)4884号 判決

控訴人

株式会社カナイ

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

矢島邦茂

補佐人弁理士

被控訴人

株式会社タナカ

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

永田晴夫

補佐人弁理士

主文

一  控訴人の控訴を棄却する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一控訴人が求める裁判

「原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。右部分に係る被控訴人の請求を棄却する。」との判決

第二当事者らの主張

左記のとおり付加するほか、原判決摘示(三頁一行ないし二〇頁六行)のとおりであるから、これを引用する

一  当審における控訴人の主張の要点

1  原判決は、本件意匠の要部は矩形板の一端がU字状溝を形成し、U字状溝部の高い側(背部)にボルトの一端を溶接した形態(以下「U字溝の湾曲外側にボルトを溶接した形状」という。)であることを前提として、控訴人意匠は本件意匠に類似すると判断し、また、U字溝の湾曲外側にボルトを溶接した形状が本件意匠の登録出願前に公知であったとは認められないから、本件意匠権は無効といえない旨判断しているが、いずれも誤りである。

まず、矩形板とボルトとを段違いに溶接した羽子板ボルトは、本件意匠の登録出願より約一〇年も前に公開された本件実用新案(甲第六号証の二参照)に示されているから、本件意匠の要部をU字溝の湾曲外側にボルトを溶接した形状とすることは不合理であって、本件意匠の要部は、矩形板とボルトとの接合部の形状以外の新規な部分、すなわち、矩形板とU字溝のそれぞれの具体的形状及びU字溝に対するボルト溶接の具体的形状にあるというべきである。そうすると、原判決が本件意匠と控訴人意匠との差異点として説示(二四頁八行ないし二六頁五行)している諸点は、両意匠の類否を判断するに当たって重要な事項であって、両意匠の美感を大きく左右するというべきである。

次に、仮に、控訴人意匠が本件意匠に類似するとしても、本件意匠は、その登録出願前に広く知られていた本件実用新案に示されている形状に基づいて当業者が容易に創作できたものであるから、その意匠登録は無効とされるべきものである。したがって、本件意匠権を根拠とする被控訴人の本訴請求はその権利を濫用するものである。

2  原判決は、被控訴人製品は価格が低廉で機能も優れているとして、これを根拠に、控訴人が控訴人製品の販売をしなかったとしてもそれに相当する被控訴人製品の販売が不可能であった、とは認められない旨認定している。

しかしながら、被控訴人製品の価格は住友林業に対する売込みのため殊更低廉に設定されたものであるし、被控訴人製品の矩形板とボルトの接続はわずか二か所のスポット溶接のみで行われており、強度が不十分であるうえ不良品の発見が困難なものであるから、控訴人製品が販売されなければそのすべてが被控訴人製品に取って代わられると考えるのは不合理である。のみならず、住友林業に対する羽子板ボルトの納入については、住友林業によって指示されエリアごとに納入業者間でシェアが合意されている。

したがって、タナカスチール工業は合意されたシェアを越える納入は不可能であったから、原判決の右認定は誤りである。

なお、原判決は、控訴人製品の一個当たり販売価額を四九・九八円、販売費及び一般管理費を五・〇〇円と認定しているが、この認定は証拠に基づかないものである。

3  被控訴人は、平成四年五月には本件意匠の登録出願をし、かつ、遅くとも平成六年八月には控訴人が住友林業に対して控訴人製品を販売している事実を知りながら、平成八年一二月に至るまで控訴人に対して何らの警告等をしなかった。したがって、仮に控訴人が被控訴人に対して損害賠償の責任を負担するとしても、被控訴人にはその損害の額を増大させたことについて同業者としての信義に反した過失があるから、控訴人が賠償すべき損害の額を定めるに当たって被控訴人の右過失を斟酌すべきである。

二  当審における被控訴人の主張の要点

1  控訴人は、本件意匠の要部は矩形板とU字溝のそれぞれの具体的形状及びU字溝に対するボルト溶接の具体的形状にあるから、原判決が本件意匠と控訴人意匠との差異点として説示している諸点は両意匠の美感を大きく左右する旨主張する。

しかしながら、矩形板の透孔等の形状が異なってもU字溝の湾曲外側にボルトを溶接した形状において共通する意匠が本件意匠の類似意匠として登録されている半面(甲第七号証の一、二参照)、U字溝の湾曲外側以外の部位にボルトを溶接した形状の意匠が新規な意匠として意匠登録されていること(甲第一五、第一六号証参照)からすれば、U字溝の湾曲外側にボルトを溶接した形状が本件意匠の要部であるとした原判決の判断が正当であることは明らかである。そして、この本件意匠の要部からみれば、原判決説示の本件意匠と控訴人意匠の差異点は、原判決が判断しているように意匠全体の美感を左右するほど大きなものでないから、控訴人の右主張は失当である。

また、控訴人は、本件意匠は本件実用新案に示されている形状に基づいて当業者が容易に創作できた旨主張する。

しかしながら、本件意匠と本件実用新案に示されている形状とは、U字溝とボルトの接続の形状等において看過できない差異があるから、控訴人の右主張も失当である。

2  控訴人は、被控訴人製品の価格は殊更低廉に設定されたものであるし、被控訴人製品の矩形板とボルトの接続は強度が不十分なものであるから、控訴人製品が販売されなければそのすべてが被控訴人製品に取って代わられると考えるのは不合理である旨主張する。

しかしながら、被控訴人製品の価格が、控訴人が被控訴人製品に類似した控訴人製品を販売するようになるまで販売していた製品の価格より格段に低廉であることは証拠上明らかであるし、スポット溶接はアーク溶接よりも強度において何ら差異がなく、かえってアーク溶接よりも品質が安定するという長所があるから、控訴人の右主張は失当である。

この点について、控訴人は、羽子板ボルトの納入については住友林業によって指示されたエリアごとに納入業者間でシェアが合意されているから、タナカスチール工業によって合意されたシェアを越える納入は不可能であった旨主張する。

しかしながら、納入業者間で合意されたシェアは、原判決が説示しているとおり、価格等に応じて変動することが予定されているものであるから、控訴人の右主張も失当である。

また、控訴人は、控訴人製品の一個当たり販売価額を四九・九八円、販売費及び一般管理費を五・〇〇円とした原判決の認定は証拠に基づかないない旨主張する。

しかしながら、控訴人製品の一個当たり販売価額に関する認定は甲第二七号証に基づくものであるし、羽子板ボルトはその大多数が特定の大手ハウスメーカーに販売されるため販売費等は通常より大幅に低廉であるから、原判決の右認定に誤りはない。

3  控訴人は、被控訴人は控訴人が住友林業に対して控訴人製品を販売している事実を知りながら控訴人に対して何らの警告等をしなかったから、被控訴人にはその損害の額を増大させたことについて過失がある旨主張する。

しかしながら、控訴人が住友林業に対して控訴人製品を販売している事実を被控訴人が知ったのは平成八年六月ころであるし、そもそも、権利者である被控訴人が権利侵害者である控訴人に対して警告等をすべき法律上の義務を負担する理由はない。

理由

当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する請求は原判決主文第一項掲記の限度において認容すべきものと判断する。その理由は、左記のとおり付加するほか、原判決の理由説示(二〇頁八行ないし三七頁二行)と同一であるから、これを引用する。

一  原判決が本件意匠の要部はU字溝の湾曲外側にボルトを溶接した形状である旨判断しているのに対して、控訴人は、矩形板とボルトとを段違いに溶接した羽子板ボルトは本件意匠の登録出願前に公開された本件実用新案に示されているから、本件意匠の要部をU字溝の湾曲外側にボルトを溶接した形状とすることは不合理であって、本件意匠の要部は、矩形板とU字溝の具体的形状及びU字溝に対するボルト溶接の具体的形状にある旨主張する。

羽子板ボルトは、木造建物の横架材と柱との連結を補助する部材であって、相当の強度が必要であることは技術上明らかであるから、矩形板の一端に形成したU字溝とボルトとをどのような位置関係で溶接するかは、羽子板ボルトの強度を左右する要素の一つであると考えられる。したがって、本件実用新案に示されているようにU字溝の湾曲内側にボルトを溶接するか(この場合は、ボルトが一部にもせよU字溝に嵌合する形状もあり得る。)、本件意匠のようにU字溝の湾曲外側にボルトを溶接するか(この場合は、ボルトがU字溝に嵌合する形状はあり得ない。)は、羽子板ボルトの取引者・需要者が最も重視する点の一つであると考えるのが相当である。したがって、本件実用新案に示されている形状を論拠として、本件意匠の要部をU字溝の湾曲外側にボルトを溶接した形状とすることは不合理であるとする控訴人の主張は失当である。

また、控訴人は、本件意匠はその登録出願前に広く知られていた本件実用新案に示されている形状に基づいて当業者が容易に創作できたものであるから無効であり、これに基づく請求は権利の濫用である旨主張する。

しかしながら、意匠登録の有効性についての判断は専ら特許庁における審判手続によってなされるべきであって、意匠権侵害訴訟において裁判所が登録の無効を理由として意匠権者の権利行使を制限することは、少なくとも原則としては許されないものというべきであり、仮に、許される場合があり得るとしても、それは、無効であることが明白な場合に限られるものというべきである。

ところが、本件意匠の登録が明白に無効であることは、本件全証拠によっても認めることができない。

控訴人の右主張も採用できない。

二  控訴人は、被控訴人製品の価格は売込みのため殊更低廉に設定されたものであるし、被控訴人製品は矩形板とボルトの接続の強度が不十分であるうえ不良品の発見が困難なものであるから、控訴人製品が販売されなければそのすべてが被控訴人製品に取って代わられると考えるのは不合理である旨主張する。

しかしながら、控訴人意匠がその最も特徴的な形状において本件意匠に類似すると認められる以上、そしてまた、被控訴人製品と控訴人製品との間に品質において格別の差があるとは本件全証拠によっても認めることができない以上、控訴人主張の点を、被控訴人製品が控訴人製品に代替し得なかったと考えるべき事情と認めることはできない。

この点について、控訴人は、さらに、羽子板ボルトの納入については住友林業によって指示されたエリアごとに納入業者間でシェアが合意されているから、タナカスチール工業は合意されたシェアを越える納入は不可能であった旨主張する。

しかしながら、納入業者間で合意されたシェアは、原判決が説示しているとおり価格等に応じて変動することが予定されていたと認められるうえ、控訴人製品が存在しなければタナカスチール工業のシェア自体がより大きな数値で合意されたことも十分に考えられるから、控訴人の右主張は失当である。

また、控訴人は、控訴人製品の一個当たり販売価額を四九・九八円、販売費及び一般管理費を五・〇〇円とした原判決の認定は証拠がない旨主張する。

しかしながら、原判決説示の理由(三二頁一〇行ないし三五頁八行)によれば、右認定は十分な合理性があるというべきであって、右認定を誤りとしなければならない理由はない。

三  控訴人は、控訴人は、被控訴人は遅くとも平成六年八月には控訴人が住友林業に対して控訴人製品を販売している事実を知りながら平成八年一二月まで控訴人に対して何らの警告等をしなかったから、被控訴人にはその損害の額を増大させたことについて過失がある旨主張する。

しかしながら、権利者である被控訴人が権利侵害者である控訴人に対して警告等をすべき法律上の義務はない。控訴人の右主張は独自の議論であって、失当というほかない。

以上のとおりであるから、被控訴人の請求を一部棄却した原判決は正当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

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